杉並から18,669km ― PY5CC受信で実感したPSKRの価値 ― 2026年07月27日 14時00分13秒
昨日、仕事から帰ってきてPSKRを何気なく確認したら、驚くべき記録が残っていました。
ブラジルのPY5CC(GG54RE)を受信していたのです。
260726_224730 50.313 Rx FT8 -18 -0.1 2039 K8SIX PY5CC GG54
PY5CCとは過去にF2伝搬でQSOしたことがあります。ALL.TXTには、彼が北米局を呼んでいた電波が日本まで届いていた記録として残っていました。
自分のグリッド(PM95TQ)とPY5CCのグリッド(GG54RE)の位置関係を計算してみると、方位角37.6度・距離18,669km。当日のアンテナ固定方向は35度――ほぼ正面から入ってきていたことになります。単なるバックローブでの拾いものではなく、ダイレクトパスでした。伝搬がEsとF2の複合だったのか、TEPが絡んだのか、あるいはEsのコーダルホップ連鎖だけだったのかは分かりませんが、地球一周の半分近い距離を受信できたというだけでもワクワクします。
なぜこの受信に気づけたのか
答えはシンプルです。PSKRに情報を送信していたからです。
PSKRによれば、この瞬間PY5CCの信号を受信報告していたのは、僕を含めて3局。青葉区の局(PM95SO)と、白子町の局(QM05EK)でした。もちろんPSKRへの送信をオフにしている局もいるはずなので、実際にはもっと多くの局が受信していた可能性があります。
もし僕がPSKRへの送信をオフにしていたら、この受信記録は自分のALL.TXTの中に埋もれたまま、誰の目にも触れることなく終わっていたでしょう。逆に言えば、送信をオンにしている局が3局いたからこそ、この奇跡的な瞬間がお互いに可視化されました。
Give and Takeの精神
PSKRの設定方法については、以前この記事で詳しく書きました。今回改めて、設定画面を最新のものに差し替えて掲載します。
JTDXの設定画像
WSJT-X
MSHV
JTAlert
JTAlertについては、PSKRとは直接の関係はありませんが、HamSpots(https://hamspots.net/)で情報共有ができます。
設定はどれも数クリックで完了します。それでもなお、自局の情報を一切出さずに、他局が受信報告してくれた「旗が立った」という結果だけを享受している局を見かけることがあります。ネット接続が従量制、あるいはPCがオフライン運用という事情であれば仕方ありませんが、そうでないなら、ぜひオンにしていただきたいと思います。
情報の共有はとても大切なことです。しかしリグがCAT非対応であれば仕方ないですね。CAT非対応だと違うbandの情報を上げてしまうことがあり注意が必要です。
さらにその情報に正確性を出すため、ご自身のGrid Locatorは正確に入れましょう。各ソフトウェアには自局のGrid Locatorを入力する場所があります。少なくとも6桁のデータを入れましょう。4桁だと大雑把な位置表示になり、PSKR地図上で海上になってしまったりします。
JTDXはデフォルトで10桁まで対応しています。一方でWSJT-Xは6桁までですが、iniファイルをいじって10桁まで表示させることも可能となり、多くの方が8桁ないしは10桁のGrid Locatorを表示させています。
10桁のGrid Locatorを調べるには
このサイトでご自身のご自宅を見つけてください。10桁まで入れるのに抵抗のある方は8桁で十分です。
iniファイルの編集は、WSJT-X/JTDXを閉じた状態で行ってください。
"C:\Users\各人の設定\AppData\Local\WSJT-X\WSJT-X.ini"
"C:\Users\各人の設定\AppData\Local\JTDX\JTDX.ini"
をテキストエディタで開き、いずれのiniファイルも
[Configuration]
MyCall=JP1LRT
MyGrid=PM95tq47gc
(私の場合はこのようになっています)
MyGrid= を編集して保存した後に各ソフトウェアを立ち上げれば反映されます。結果はPSKRでも確認できます。
情報はGive and Takeが基本です。今回のPY5CC受信も、複数局が情報を出し合っていたからこそ、お互いに「あの瞬間、あの局も同じ信号を捉えていた」と分かる形になりました。
目覚ましで起きたら、50MHzは北米大オープンだった――杉並区で観測した今季最大の6m Es ― 2026年07月21日 13時46分53秒
2026年7月21日の朝、目覚ましをセットしていた06:30に起きて無線機を見たら、50MHzはすでに北米の大オープン状態だった。
後から聞いたところでは、05:30頃にはもう開いていたらしい。
実は朝5時半にトイレへ行った時、一度起きていた。 あの時スマートフォンを見ておけばよかった……と少し後悔している(笑)
「自分が不在の時に限って6mが開く」というのは、もはや6mあるあるだと思う。
だからこそ、昨日のヨーロッパに続いて、今朝は自宅にいる時にこれほどの北米オープンに巡り会えたことが、素直に嬉しかった。
上の画像はピーク時そのものではないが、北米局が画面を埋めていた当時の雰囲気は伝わると思う。
WSJT-Xの受信ログを解析してみた
今回、僕のWSJT-XのALL.TXTから、06:33~11:53 JSTの北米局を抽出して解析した。
画面には米国、カナダ、メキシコの局が次々と現れていた。集計条件を米国・カナダ・メキシコに絞った結果は次の通りだった。
- ユニークでデコードした米国・カナダ・メキシコ局:430局
- 延べデコード数:8,817回
- 1分間のピーク時刻:06:35 JST
- 1ピリオド、15秒間の最大ユニーク局数:38局
- 1ピリオドのピーク時刻:06:35:45 JST
06:35~06:41頃には、1ピリオド30局を超える状態が何度も続いていた。
僕が起きて無線機の前に座った時には、すでに今シーズンで最も濃い数分間に突入していたことになる。
グラフを見ると、起床直後の06:35頃に最大の山があり、その後いったん落ち込みながらも、08:40頃から10時前後にかけて再び厚い入感が続いていたことが分かる。
一瞬だけのオープンではなく、濃淡を繰り返しながら午前中いっぱい続いた、規模の大きなオープンだった。
西海岸だけではなかった
コールサインとグリッドロケーターのデータベースを照合したところ、430局中380局のグリッドを確認できた。
延べデコード数が多かったグリッドフィールドは、次の通りだった。
- EM:2,527回
- DM:2,365回
- EN:1,835回
- DN:571回
- FN:453回
- FM:352回
DMの米国南西部、EMの中南部、ENの中西部北部が特に強かったが、DNのロッキー山脈北部、FMの南東部、そしてFNの米国北東部・ニューイングランド方面まで届いていた。メキシコからはXE2JS、XE2CQ、XE2Xの3局を確認しており、メキシコ中部・北東部方面までパスが伸びていたことになる。
西海岸や南西部だけが開いていたのではない。
太平洋岸から中部、東海岸方面、そしてメキシコ方面まで、北米大陸の非常に広い範囲が同時に日本へ入感していた。
PSK Reporterの画面を見ても、北米大陸の西側だけではなく、中部から東海岸に至る広い範囲へ伝搬していた様子が分かる。
なお、コールサイン・データベースのグリッド情報は、移動運用や引っ越しなどにより、当日の実際の送信地点と異なる場合がある。
また、PSK Reporterの表示は、受信ログそのものとは性質が異なる。
それでも、今回の伝搬が北米大陸の非常に広い範囲に及んでいたことを示す資料としては、十分に印象的だと思う。
同じ関東でも、見えている北米がまったく違う
今回、特に面白かったのがJR1LZK局との比較だった。
JR1LZK局は水戸市、QM06FI。
僕は東京都杉並区、PM95TQ。
同じ06:48:45 JSTのピリオドを比較しても、画面に現れている局数も、見えている局の顔ぶれも大きく異なっていた。
JR1LZK局の設備は、9.1mブームの7エレ八木を3枚使用した三角形スタック。
水平間隔7.5m、垂直間隔7.0m、最上段は32mという本格的な6m設備で、1ピリオドに北米局を60局以上デコードした場面もあったという。
一方、僕の設備は杉並区の住宅地に設置した、9.8mブームの7エレ一枚。
設備差は当然大きい。
しかし、それだけではない。
50MHzのマルチホップEsでは、最終ホップの着地点や散乱域の位置によって、同じ関東地方でも受信状況が大きく変わる。
さらに、次のような要素がすべて重なる。
- アンテナの利得と高さ
- アンテナのビームパターン
- 周辺のノイズフロア
- 強力なJA局によるマスク
- 受信機やAGCの状態
- WSJT-XとJTDXのデコード特性
したがって、当然ですが今回の430局という数字は全国共通の値ではなく、
「2026年7月21日、東京都杉並区PM95TQのJP1LRT局で観測した北米オープン」
という、一地点での観測記録として見るべきです。
逆に言えば、杉並区の7エレ一枚でも1ピリオド38局、WSJT-X単独のログで430局が確認できたのだから、この日のオープンがどれほど大きかったかが分かる。
WSJT-XとJTDXの二面起動が実戦で役に立った
僕はWSJT-XとJTDXを同時に起動して運用している。
同じ受信音を入力していても、両者のデコード結果は完全には一致しない。
WSJT-Xではデコードできなかった局をJTDXだけが拾うこともあれば、その逆もある。
今回の実際のQSOログにも、WSJT-XのALL.TXTには記録されていない局が含まれている。
それらはJTDX側だけでデコードできた局を見つけ、周波数やメッセージを確認した上で、WSJT-X側から手動で対応してQSOしたものだ。
だから、
「WSJT-Xでデコードした430局の中から交信した」
という単純な包含関係にはならない。
実際の運用では、二つのデコーダーがそれぞれ拾った情報を、人間がリアルタイムで統合している。
こうした運用をしているDXerは少なからずいる。
彼らもやり手だと思う。
二面起動は単に画面を二つ並べているのではない。
片方で取りこぼした弱い局をもう片方で救い、それを実際のQSOへつなげる、実戦的なデコード・ダイバーシティとして機能している。
今回は送信タイミングも特殊だった
50MHz FT8では、通常はJA局が奇数側、
2nd / ODD
15秒・45秒
で送信し、DX局が偶数側、
1st / EVEN
00秒・30秒
を使うという慣習がある。
JAの強力なローカル信号が、JA局が受信したい弱いDX信号を覆い隠さないための考え方だ。
しかし今回は、北米局の多くが奇数側で送信していた。
米国内では東海岸と西海岸の間でも送信タイミングが分かれることがあり、すでに成立していた米国内や他地域との運用の流れを維持したまま、突然JAとのパスが開くことがある。
また、米国とヨーロッパが同時に開いている場合、ヨーロッパ局は通常偶数側で送信するため、米国局は奇数側を使う。
その状態で米国からアジアへのパスまで開けば、アジア側が偶数を使わざるを得ない状況も生じる。
だから重要なのは、
「原則を知った上で、その時の状況を読むこと」
だと思う。
原則を知らずに偶数側でCQを出し続けることと、実際に入感しているDX局のタイミングを確認し、状況判断の結果として偶数を選ぶことは、同じではない。
原則を守ることと、状況を読まないことは違う
今回、北米局の多くが奇数側に並んでいる中で、奇数側からCQを出し続けるJA8エリアの局がいた。
Esに乗った強力なJA信号が、同じタイミングで届いている複数の弱い北米局をマスクしていた。
さらに、偶数側でCQを出していたJA局を、別のJA局が呼ぶ場面も見られた。
北米がこれほど大きく開いている時の50.313MHzでのCQは、実質的には「CQ DX」と同じ意味を持つ。
国内同士でQSOしたいのであれば、50.303MHzのFT8を試すか、FT4へ移るという選択肢がある。
少なくとも、周囲に何が入感しているかを見ずにCQを出すべきではないと思う。
50MHz FT8の基本的な運用目安としては、次のようになる。
- CQは原則として2nd / ODD、15秒・45秒
- ただしDX局が実際にどちら側で送信しているかを必ず確認する
- 50.323MHzは大陸間DX用として扱い、国内QSOには使用しない
- 50.313MHzが混雑している時の国内QSOは50.303MHzを検討する
- 国内QSOではFT4も活用する
このあたりを共有しておくことが、DX局を守り、同時にJA全体の受信機会を守ることにつながると思う。
詳しい考え方は、以前こちらの記事にまとめている。
だから6mは面白い
今回は新しいグリッドロケーターとも数多くQSOできた。
05:30頃から開いていたと聞くと、朝5時半にトイレへ行った時にスマートフォンを確認していれば……とは思う。
しかし、目覚ましで起きた時にはすでに大オープンしていて、そのピーク付近を自分の設備で実際に体験できた。
設備が違えば見える局数が違う。
地域が違えば、同じピリオドでも見えている局そのものが違う。
ソフトが違えば、拾える弱い局も違う。
そして最後は、その情報を見たオペレーターがどう判断し、どう動くかで結果が変わる。
だから6mは面白い。
2026年夏の、忘れられないオープンの一つになった。
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Sherwood の数字は誘惑する
Rob Sherwood の Receiver Test Data を眺めていると、ある数字の組み合わせに目が止まる。
私の現用機 IC-7300 の Narrow Spaced Dynamic Range は 97dB。それに対して YAESU FTdx10 と FT-710 は 107dB。10dB の差が、第三者測定の数字としてそこにある。
ここで技術的に正確に書いておきたい。Narrow Spaced DR は「強い近接信号が存在するときに、受信機が IMD で潰れずに済む耐性」、つまり受信機の "頭の高さ" を示す指標である。「信号強度で 10 倍の差が聞こえる」という素朴な解釈は誤りだ。実運用でこの余裕が使い切られる場面は限定的で、多くの状況では大気雑音や人工雑音の方が支配的になり、DR の差は体感されない。中波 DX のような大電力局がひしめく過酷な環境ですら、ICOM 機で十分戦えるという経験者の声もある。
さらに踏み込むと、Sherwood の測定そのものがダイレクトサンプリング SDR 機への適用において方法論的な課題を抱えているという指摘がある。SSG(信号発生器)から ADC へ直接入力する測定条件下では、入力レベル上昇に伴って波形立ち上がりが急峻化し、サンプリングビット刻みを 2〜3 段飛びで抜ける現象が起きる。これが量子化雑音にスパイクとして混入し、擬似ノイズとして観測される。サンプリングと信号の微妙なタイミング依存で結果が安定しないため、Sherwood 自身も計測値の不安定性を認めているとされる。実運用ではアンテナからの外来ノイズや他信号が自然なディザリング効果として働き、この現象は原理的にほぼ起きない。つまり Sherwood の数値はディザリング条件下のワースト値であり、ダイレクトサンプリング SDR 機の実運用性能を必ずしも反映しない。ヘテロダイン機では原理的に発生しない現象であり、アーキテクチャの異なる機種を Sherwood の同一指標で単純比較することには、原理的な注意が必要である。
それでも、この 10dB は誘惑する。FTdx10 100W が実勢価格 ¥158,400 から手に入る今、「Sherwood トップグループの数字を持つリグ」を IC-7300 と大差ない金額で買える時代である。コンテストで隣接強局に押し潰された経験のある人なら、「あと 10dB の余裕があれば」という思いを一度は抱いたことがあるはず。スペックは、実効値の差以上に人を惹きつける。
数字だけ見れば、検討に値する買い物に見える。
でも、動けない。
なぜか。
見えないコスト — エコシステム移行費
リグ単体の比較表には絶対に載らないコストがある。「メーカー越境のコスト」だ。
私の例で具体的に書こう。
私のシャックでは IC-7300 の ACC 端子から 13.8V と SEND 信号を一本のケーブルで取り出し、6m 用プリアンプに供給している。これは ICOM 機の伝統的な設計で、IC-7600 でも同じ ACC 端子から同じ信号が取れる。長年積み上げてきた、安定した運用構成だ。
ところが YAESU FTdx10 は事情が違う。背面に TX GND(RCA)はあるが、ICOM ACC のような 13.8V 給電ピンは持たない。プリアンプ給電は別経路で安定化電源から分岐する必要がある。SEND 信号も RCA から取り直す。
つまり、リグを買い替えた瞬間、6m の中核装備であるプリアンプの給電・制御系統を全面再配線することになる。
「単なる配線でしょ?」と思うかもしれない。だが SEND タイミングはリグごとに微妙に違う。ミスれば送信時にプリアンプにフルパワーが突き刺さり、一瞬でファイナル昇天である。オシロで実測しながら慎重に組まないといけない。
これは私の例だが、似た話は他にも山ほどある。
越境で発生する隠れコスト一覧
- ACC 端子:ピン配置・信号仕様が異なる
- CAT 制御:ICOM は CI-V、YAESU は独自プロトコル
- マイクコネクタ:8ピン同士でもピン配置が違う
- 外部チューナー連動:バンドデータ電圧仕様が異なる
- ロギングソフト設定:全リグエントリ書き換え
- メモリ管理ツール:リグ専用、流用不可
- キーパッド・FH-2 等:メーカー専用
- マニュアル理解:用語・体系から学び直し
金銭的には、ケーブル・コネクタ・場合によっては T/R シーケンサで数千円〜数万円。たいした額ではない。
問題はそこじゃない。
三層のコスト構造
メーカー越境のコストは三層で発生する。
第1層:金銭コスト — 数千円〜数万円。リグ本体価格の 5〜10%。
第2層:時間コスト — 配線・設定・動作確認で週末数回分。実測・調整含めて 10〜20 時間。
第3層:リスクコスト — 配線ミス、信号タイミング差、誤動作によるハードウェア損傷の可能性。
そして見落とされがちな第4層がある。
第4層:身体に染みついた操作感
四半世紀、ICOM を使っていると、私の手は IC のメニュー体系を覚えている。AGC ノブの位置、フィルタ切替の手順、メモリ呼出のキー操作。これらは脳ではなく指が記憶している。
YAESU に乗り換えると、この身体記憶が一瞬で無効になる。コンテスト中の一瞬の判断、パイルアップ中の混信処理、すべてが「考えながらの操作」に戻る。慣れるまでの数か月間、運用効率は確実に落ちる。
これは右ハンドル車に乗っていた人が左ハンドル車に乗り換えるのに似ている。技術的には運転できる。でも、無意識でできていたことを、しばらく意識的にやらないといけない。
この第4層こそが、メーカー越境の最大のハードルだと私は思う。スペック表の差が実運用で限定的なら、なおのこと、この身体記憶を捨てる合理性は薄い。
業界構造としての「囲い込み」
ここで一歩引いて見ると、これは個人の問題ではなく、産業構造の問題だと気づく。
ICOM は ACC 端子互換性を長年維持してきた。これは「ユーザー親切」の側面と同時に、「離脱コストを高く維持する戦略」でもある。一台買い替えるたびに、過去のアクセサリ投資がそのまま次のリグでも使える。だから ICOM ユーザーは ICOM を買い続ける。
YAESU 側も同じ構造で、FTdx101 → FTdx10 → FT-710 と購入してきたユーザーは、周辺機器をほぼ流用できる。だから YAESU ユーザーは YAESU を買い続ける。
これは Apple のエコシステムや、カメラの Canon vs Nikon と同じ構造だ。「囲い込みは、ユーザーの便宜と表裏一体で機能する」。
ハム業界のユニークな点は、この囲い込みが数十年スパンで機能することだ。スマホは 2〜3 年で買い替えるが、リグは 20 年使う。アクセサリも、AC アダプタやプリアンプは 30 年使う人もいる。だから一度ある陣営に属すると、簡単には抜け出せない。
真のリグ価格 = 表示価格 × エコシステム係数
私が思う「越境購入の真のコスト」を式にするとこうなる。
真のコスト ≒ リグ表示価格 × 1.3〜1.5(メーカー越境時)
FTdx10 100W が ¥158,400 だとしても、ICOM ユーザーが買うときの「実質コスト」は ¥200,000〜¥240,000 と見るのが現実的だ。配線材料費、時間コスト、リスクコスト、運用効率低下のすべてを織り込めば、それくらいになる。
逆に、YAESU 内で FTdx101D → FTdx10 への買い替えなら、エコシステム係数は 1.0 に近い。表示価格そのままが実質コストだ。
この差が、性能比較表からは絶対に読み取れない。そして比較表の数字そのものが、必ずしも実運用の差を保証しないことを考え合わせると、越境判断はますます慎重にならざるを得ない。
ではどうするか
選択肢は三つある。
選択肢1:エコシステム内に留まる — スペック上の性能向上は限定的でも、移行コストはゼロに近い。複数メーカー機種を並行使用する経験者の観察によれば、IC-7851/K3S/FTDX10/FT-710/FTDX5000/TS-890S といった上位機間の実運用性能差はほぼないとされる。実運用での体感差が小さいなら、なおさら合理的な選択。ICOM ユーザーなら IC-7610 や IC-7851 へのアップグレードパス。慣れた操作系、確実な周辺機器流用。
選択肢2:越境を覚悟して移行する — Sherwood トップグループの数値を取りに行く。ただし三層〜四層のコストを直視する必要がある。週末を数回潰す覚悟と、しばらくの運用効率低下を許容する精神的余裕が要る。「数値が変わっても運用は変わらないかもしれない」という冷静な認識も持っておく。
選択肢3:併存運用 — 既存システムは温存し、新ブランドは限定用途で導入。例えば「6m 専用機として FTdx10 を導入し、HF はICOM継続」。ただしこれもプリアンプが越境バンドにあると成立しないなど、運用構成によっては実現困難。
正解はない。自分の運用形態と、移行コストの見積もり次第だ。
メーカーへの注文 — 宗教のハードルを超えてくれ
ここまではユーザー側の話だった。だが、視点を一段上げて言いたいことがある。
ICOM と YAESU は、もっとライバル意識をむき出しにして性能を追うべきだ。
私はメーカー越境のハードルを「合理的な敬意」と書いた。しかしその裏返しは、両メーカーが現状の囲い込みに安住しているということでもある。
考えてみてほしい。Sherwood Engineering の Receiver Test Data において、5 年以上前に発売された FTdx10 が今もトップグループに居座り続けている。これは YAESU の設計が優秀である証であると同時に、「5 年経っても本気で挑戦してくる対抗馬がいない」という業界の停滞でもある。
2026 年に登場した IC-7300Mk2 では、Sherwood の Narrow Spaced DR が 87〜89dB と、初代 IC-7300 の 94〜97dB を下回るという結果が公表されている。ただしこの数値については、前述のダイレクトサンプリング SDR 機固有の測定方法論上の問題に起因する現象である可能性が高く、実機性能の劣化を意味するとは限らない。実機経験豊富な OM 諸氏の観察を踏まえれば、IC-7300Mk2 が実際に初代より劣ると判断する根拠は乏しい。
ただ、新機能の追加(USB-C、HDMI、LAN、CW デコーダ、APF)が素晴らしい一方で、第三者測定で前モデル比の明確な向上を示しきれない開発思想には、メーカーがエコシステム内買い替えを織り込んでいる雰囲気を感じる。「うちのユーザーは結局うちで買う」という前提に立っていないか。
性能だけでなく、UI も激しい競争軸として欲しい。八重洲機は性能良好だが UI が弱いという評価が定着しており、つまみの数比例で FTDX101 > FTDX10 > FT-710 という声まで聞かれる。FT-710 は FT8 等で PC コントロール前提の設計と見れば筋は通るが、リグ単体で操作するときの使い勝手はやはり大事だ。ハードウェア性能の競争と、ユーザー体験を左右する UI の競争。両輪で各社が殴り合えば、業界全体が前進する。
私が両メーカーに望むのは、スペック表の数字ではなく、実機で誰もが体感できる性能の飛躍と、操作のしやすさで思わず手が伸びる UI の進化である。ユーザーの「宗教のハードル」を強引にぶち壊すには、それしかない。
ICOM ユーザーが実機を触って「これは…YAESU に乗り換えるべきか?」と本気で悩む製品。YAESU ユーザーが操作して「ICOM の新作は、エコシステム再構築のコストを払ってでも欲しい」と思う製品。そういう製品が出てきて初めて、業界全体が前進する。
スマートフォン業界では、iPhone と Android の覇権争いが互いを進化させた。GPU 業界では NVIDIA と AMD と Intel の三つ巴がユーザーに恩恵をもたらしてきた。ハム業界も、同じレベルの競争を見たい。
互いの牙城を尊重する紳士協定のような現状は、ユーザーには不利益でしかない。ICOM は YAESU の縄張りを荒らしに行くべきだし、YAESU は ICOM の城を崩しに行くべきだ。Kenwood も、Elecraft も、Flex も含めて、もっと激しく性能を競ってほしい。
「宗教のハードルを超えてでも、こいつが欲しい」とユーザーに言わせる体感の差を、ぜひ作ってほしい。それがあれば、私たちは喜んで配線をやり直し、メニュー体系を学び直し、四半世紀の指癖を捨てる覚悟をする。
ハムは、本物の性能には敬意を払う種族である。
メーカーへの具体的な提案 — アダプターという解決策
性能で殴り合うのと並行して、もう一つメーカーに提案したいことがある。
「越境を容易にする純正アダプター」を商品化してほしい。
例えば、YAESU が ICOM ユーザーを取り込みたいなら、こういう純正アクセサリを売ればいい:
- ACC 変換ハーネス:ICOM ACC(13ピン DIN)→ YAESU FTdx10 制御端子。13.8V と SEND を既存配線のまま流用可能
- マイクアダプター:ICOM 8ピンマイク → YAESU マイクコネクタ変換
- CAT ブリッジ:CI-V ↔ YAESU CAT プロトコル変換、既存ロギングソフトの設定維持
- バンドデータ変換:ICOM バンド電圧 → YAESU バンドデータ、外部チューナー連動継続
ICOM 側も同じだ。YAESU ユーザーを取り込みたいなら、YAESU の周辺機器を ICOM 機に繋ぐアダプターを純正で出せばいい。
「そんなことをしたら囲い込みが崩れる」と思うかもしれない。だが視点を変えてほしい。囲い込みが崩れて困るのは、自社のユーザーが他社に流出する場合だけだ。逆に、相手陣営のユーザーを取り込みたいなら、彼らの囲い込みを緩める方向に動くのは戦略的に正しい。
想像してみてほしい。FTdx10 を検討している ICOM ユーザーが、店頭でこう説明されたら:
「純正 ACC アダプターハーネスがあります。既存のプリアンプ、チューナー連動、マイクがすべてそのまま使えます」
この瞬間、移行コストの第1層・第2層・第3層が一気に消える。多くの ICOM ユーザーは、ここで YAESU 購入を決断するだろう。
これは既存 YAESU ユーザーに何の不利益もない。純粋に他社陣営から新規顧客を切り崩す施策である。価格は ¥10,000〜¥20,000 程度のアクセサリで構わない。本体価格 ¥158,400 に対する追加負担は微々たるもの。むしろ「これで安心して移行できる」という心理的ハードルの低下効果は計り知れない。
売上は確実に伸びる。越境の物理的・技術的ハードルが下がれば、あとは純粋な性能勝負になる。そしてここで初めて、Sherwood の数字も、実機の体感も、本当の意味で武器として機能し始める。
両メーカーには、製品開発リソースの一部を「越境促進アクセサリ」に振り向けてほしい。これは囲い込みを緩めるリスクではなく、相手陣営のユーザーを切り崩す攻撃手段である。守りの戦略ではなく、攻めの戦略として考えるべきだ。
ハードウェア互換性アダプターは、結局のところ業界全体のパイを広げる。固定客の奪い合いではなく、買い替え意欲そのものを刺激することになる。長期的に、両メーカーにとっても、ユーザーにとっても、利益になる構造だ。
「性能で殴る」と「アダプターで橋を架ける」。この両輪が揃ったとき、ハム業界は本当の意味で動き出す。
結論
「より良いリグが欲しい」という気持ちと、「動けない」という現実の間にあるのは、決して怠惰でも保守性でもない。それは、これまで積み上げてきたエコシステムへの合理的な敬意である。
新しいリグを買うとき、メーカーが同じなら表示価格を、メーカーが違うなら表示価格 × 1.3〜1.5 を見積もる。これが私の最近の考え方だ。
そして、Sherwood の数字を眺めながら、しばらく自分のシャックを見回す。あの 6m プリアンプ、あの ACC ケーブル、あの慣れ切ったメニュー画面。これらすべてを「越境コスト」として勘定に入れたとき、買い替えという行為の重みが初めて見えてくる。リグ選びは、単体の数字を比べる作業ではなく、アンテナ、受信環境、周辺機器、操作感まで含めたシャック全体の総合力をどう設計するか、という問題でもある。
スペック表の数字は誘惑する。だがその数字が実運用でどこまで効くかは、数字だけからは読めない。実効性の不確かな優位は、四半世紀かけて築いたエコシステムの引力に勝てるか。これは、すべてのハムが買い替え時に直面する、見えない方程式である。
WSJT-X Improved 3.1.0 260418 was released ― 2026年04月18日 21時35分02秒
WSJT-X Improved 3.1.0 260418 リリース ― 2026年04月18日 21時32分45秒
WSJT-X 3.1 improved のFT8デコーダ設定を読み解く ― 2026年03月24日 23時55分53秒
https://www.asahi-net.or.jp/~vj5y-tkur/ft8/wsjtx_31improved_article_ja.html
是非上記独立ページをご覧ください。










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